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障害者 & 難病患者 tomoのブログ【ともに きなりに】

難病 ギラン・バレー症候群を患い、障害者になったtomoが『障害は「障害」じゃない。ありのままの自分で、思いのままに生きよう。』をコンセプトに日々を綴るブログです。自身の大病経験と、元企業人事→→現在社会保険労務士を目指している経験から、「ある日突然、大病を患った方およびそのご家族」のお役に立つ情報等も書いていきたいと思います。

「障害者になる前に戻りたい?」答えはNO!です。tomo の『POSITIVE SWITCH』とは?

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こんにちは。障害者で社労士タマゴの、tomoです。
 
おとといの水曜日、ちょっと落ち込むことがありました。
 
落ち込むようなこと、その事実そのものにも動揺をしたのですが。
ギラン・バレー症候群を発病して以降、割と「どんなことが起こっても平気さ!」と思っていたので、そもそもナニカにここまで動揺して落ち込むことがあるなんて…ということが、かなりショックでした。
 
心の準備もできないままに急激な全身麻痺に襲われ、呼吸する力を奪われ、生死の境を彷徨って命を取り留めてもなお、寝返りするどころか、指一本動かすことすらできない状態に陥った経験から、これを超えるビックウェーブは、そうそう来ないだろう…と思っていたんですけどねぇ(泣笑)
 
発症からここに至る1年9ヶ月の間にも、相当いろんなことがあって、それでも一つ一つポジティブに受け止めて頑張ってきたのですが。
 
水曜日は相当動揺しましたし、それでも一晩寝れば解消!と思っていましたが、意外にもまだズルズル引きずっていて、今日の夕方もちょっとグズグズしちゃいました。
 
人のメンタルというものは、自分が思うほど強くないみたいです。
 
まぁ。人間だもの。
泣きたくなったり、自分では自分のココロを制御できないくらい動揺しちゃったりすることもありますね。
 
うんうん、それでこそ「生きてる人間だ」。
そう思うことにします(^-^)v
 
 
で、そこに来て本日の記事タイトル。
「POSITIVE SWITCH」。
 

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こちらの記事で触れた、リオパラリンピックの閉会式で予定されているフラッグハンドオーバーセレモニーでのトーキョーショーのコンセプトです。
 
これ、tomo はいたく共感していまして、どれくらい共感しているかというと、まるで自分のココロを読まれたかのような、「そうそう!!本当に私もそう思っているの!」と感じるコンセプトでした。
 
POSITIVE SWITCH とは、これすなわち「一つの障害がむしろ、新しい人生のポジティブな変革のきっかけになる」ということだそうです。
 
これ、以前の記事で書いた tomo の言葉に、本当にぴったりリンクするんです。

難病を発病し、後遺症で障害者になって、 身体は不自由になりました。 でも、驚くくらいに、心は自由になったんです。 正直なところ、病気になる前の自分とその頃の生活に戻りたいか…と聞かれると、「もちろん戻りたいに決まっています!!」と言えない自分がいます。 自分でも、この心持ちは本当に不思議なのですが。 障害を持つことで、余計なしがらみや、人からどう評価されるか…を気にすることがなくなり、素の自分になれたように思うんです。

「tomoの言葉」を記事にして取り上げてご紹介頂きました。ぷかぷか理事長 高崎さんの「ぷかぷか日記」8月30日の記事にて。 - 障害者 & 難病患者 tomoのブログ【ともに きなりに】

  

自己紹介にも書いた tomo のプロフィールでも触れましたが、ギラン・バレー症候群を発症する前の tomo は、とある東証一部上場会社の本社で人事をしていました。日本国内はもとより、海外(ヨーロッパ・北米・南米・アジア)のグループ会社だけでも10数社あるようなグループ企業の親会社で、グループ横断のプロジェクトの推進役等も経験させていただくなど、かなりダイナミックな仕事に携わらせて頂いていました。
 
人からは「本当に仲がいいよね」と言われる旦那さんもいて、子供はまだいなかったけれど可愛い犬と暮らしていて、旦那さんと二人で返そうと決めて組んだローンで買った持ち家もあって。
 
それは、傍目から見れば「なんて順風満帆な人生!」にみえたと思うんです。
 
それがある日、魔法にかかったようにギラン・バレー症候群を発症し、その晩には自立歩行ができなくなり、救急車で運ばれ、呼吸筋さえ麻痺して1年近く入院することになったのです。勤めていた会社の規定で、休職して半年経過すると退職となるルールがあったため、入院中に職も失いました。
 
身体も不自由な障害者になり。
仕事も失って…。
 
どうみても、一気に不幸な人生に転落した以外のナニモノでもないと思うんですよね。
 
でも。
やせ我慢でもなんでもなく。
ただ、素直に。穏やかに。
いまの tomo の状態が、病前の tomo よりも好きです。
 
もっとはっきり言うと。
病前の自分には、戻りたくないです。
 
「身体の障害が全てなくなって、元通りの生活に戻してあげるよ」って神様に言われても、きっと丁重にお断りすると思います。
 
なぜか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、病前の tomo は、ずっとずっとモンモンとした日々を送っていたからです。
 
結婚する前の20代の頃は「こんなに仕事ばっかりしてて、結婚できるの!?」。
結婚したらしたで「結婚して3年も経つのに、子供ができない…(泣)」。
tomo は30代で3回の転職経験があるので「転職してばかりで抜きん出た専門分野がない」「仕事で充分、力が発揮できない」「評価されない」。
だから、「自分に自信が持てない」。
でも、やたら高いプライドが「そんな自分を許せない」。
 
必死にもがいていた日々でした。
 
「私、こんなはずじゃない!」
「私には、もっと価値があるはず!!」
「私にしかできないことが絶対ある!!!」
「私のことを評価し、必要としてくれる場所が、必ずあるはず!!!!」
 
毎日。
時間も、自信も、すり減らして生きていました。
 
そうして、「積もりに積もったモンモン」が、ついに臨界点を迎えて爆発したのが、ギラン・バレー症候群というカタチで現れたのではないかなぁ…と、いまは考えています。
 
ココロとカラダが、悲鳴をあげていた。
ココロとカラダが、限界を迎えていた。
 
いま振り返ってみると。
障害者になる前は、ゴールの見えない暴走レースを、ただひたすら走っている感じでした。
 
どこに向かっているか、わかりません。
でも、みんな走っているから、止まれない。
速く走ることが、優秀の証だから。もっと速く!もっと遠くへ!!
 
だけど本当は、走り続けているのが、辛くてたまらない。
でも、止まったら負けだから、止まれない。
 
ときどき、脇道を覗いてみたりもしたけれど。
結局、道を逸れるだけの勇気もない。
 
終わりの見えない暴走レース。
とにかく、目を開いて、歯を食いしばって、走り続けるしかない。
 
そこに突然。
ギランバレーによるまさかの大クラッシュ!!!
待ったなしの、強制リタイアでした。
 
 
全身の手足から始まった麻痺が、呼吸筋にまで到達して。
自力呼吸ができず、苦しくて苦しくて苦しくて、意識を失って…
 
そして数時間後に目が覚めて。
自分が人工呼吸器に繋がれて、集中治療室にいるということを認識した時。
 
正直、ホッとしたんです。
もう、走り続けなくてもいいから。
 
これからは、正体不明のナニカに追い立てられて闇雲に走り続けるよりも。
自分の心が、魂が、望んでいることをして、生きていこう。
そう、思いました。
 
 
入院中、ICU(集中治療室)の病室で
不自由さと心細さに、涙が止まらなかったことは、あります。
 
でも、不思議と「こうなった」ことにショックは受けなかったんです。
 
紛れもなく、tomo にとってのギラン・バレー症候群は、POSITIVE SWITCH だったのです。まぁ、かなり、キョーレツなやつでしたけれどね(苦笑)。
 
一つの事象。一つの事実を前にした時に。
それをどう受け止めるかは、人それぞれです。
 
突然、思いもしない病気や怪我で、それまでの生活が一変した時。
それを不幸と思うか。
あるいは、人知の及ばない力が起こした SWITCH だと思うか。
 
その差は、ちょっとした気持ちの持ちようなのではないかと思います。
 
こちらの記事にも書きましたが、

人は、 どんな障害を持っていても、 どんなに歳をとっていても、 なんだってできるし、なんにだってなれるのです。 自分の可能性の限界を、ふわりと飛び越える想像力と ちょっとした視点のスイッチさえできれば。 ある日突然、想像もしていなかった病気にかかり、 障害者になった tomo は、いま、心からそう感じています。

【読者の皆さまへ御礼】ブログ記事が50記事に到達しました! - 障害者 & 難病患者 tomoのブログ【ともに きなりに】
 
上述の記事にもちょこっと書きましたが、
パラリンピックの理念の中に、
「失われたものを数えるな。残された機能を最大限に活かせ」
という言葉があります。
 
tomo が、とても好きな言葉です。
 
確かに、障害を持つことで失ったものはあります。
でも、それがもとから無かったと思えば、特に落胆する必要はないし、
じゃあ、その代わり、いま何を持っているの?と問えば
失ったもの以上に、「持っているもの」がたくさんあることに気づくはずです。
 
だって、失ったものを指折り数えて落ち込んでいても、
障害がなくなるわけではないし。
 
だったら、持っているものを最大限に生かして、
自分らしく生きていく方が、楽しくないですか?
 
tomo は、障害者になったから、自分のココロに素直に生きられるようになったと、今は胸を張って言えます。
 
だから、病前の障害者になる前の自分には、戻りたくないです。
 
 
もちろん、一命を取り留めてくださったお医者さんや、看護師さん、介護士さん、理学療法士さん、作業療法士さん、言語聴覚士さん。お見舞いに来てくださった友人たち。そして闘病を一番近くで支えてくれた旦那さんのKeiくんと、二人のお母さん(tomo も、Keiくんも、どちらも父親はすでに他界しているので)。
 
そのすべての支えがあったからこその、いまの tomo の命です。
 
この命を、自分のためだけに使うなんて、もったいない!!
 
tomo の命をどう使うか。
色々と計画していることがあります。
 
少しずつ熟してきたら、ここに、書かせていただきます。
 
もし、賛同してくださる方がいれば。
よかったら一緒に実現しましょう!
 
 
ちょっと長くなりましたが。
tomo にとってのPOSITIVE SWITCH。
 
それは。
ギラン・バレー症候群という病気と、
障害者になったという事実です。
 

ギラン・バレー症候群という、得体の知れないモンスターと出会い、 生と死の境目をさまよい、 そして目覚めた後も、体の自由が全く効かない「ただ耐えるだけの日々」を経て、 ようやく長いトンネルを抜けて気付いたのは、 「この難病との闘病と、障害との出会いがあったからこそ、 自分が自分らしく生きられるんだ」ということでした。

【事前公開情報あり】リオパラリンピック閉会式のテレビ放送時間と引継式(フラッグハンドオーバーセレモニー)の演出・出演者情報と異例の事前公開の理由(リオデジャネイロ2016パラリンピック情報☆その34) - 障害者 & 難病患者 tomoのブログ【ともに きなりに】

 

 
tomo の温めている計画。
楽しみにしていてくだされば、とても嬉しいです。
 
 
それでは、今日はここまで。
大変長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
 
またブログでお会いできることを楽しみにしています♪
みなさん、どうぞ良いシルバーウィークを!
 
こちらのまとめ記事もよかったら、ご覧くださいね☆
 
tomo
 
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