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障害者 & 難病患者 tomoのブログ【ともに きなりに】

難病 ギラン・バレー症候群を患い、障害者になったtomoが『障害は「障害」じゃない。ありのままの自分で、思いのままに生きよう。』をコンセプトに日々を綴るブログです。自身の大病経験と、元企業人事→→現在社会保険労務士を目指している経験から、「ある日突然、大病を患った方およびそのご家族」のお役に立つ情報等も書いていきたいと思います。

パラリンピックの黒歴史。金メダル剥奪・排斥追放事件と埋まらない溝。すべての障害者がパラリンピックに出場できるわけじゃない。聴覚障害者・知的障害者とパラリンピック(リオデジャネイロ2016パラリンピック情報☆その3)

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こんにちは。障害者で社労士タマゴの、tomoです。
 
今日は、とっても嬉しいニュースが!
 
な、なんと!!
はてなブログの「注目のブログ」に、tomoブログ【ともに きなりに】が掲載されました〜!!
わーい!!

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リハビリの合間にコツコツ毎日書いてきたブログ。
これもひとえに、tomo ブログ【ともに きなりに】を読んで下さっているみなさまのお陰です(涙)
 
どうやら「注目のブログ」に掲載されるには、読者登録がどれだけ増えたかが肝のようです。ぜひまだの方は、よろしければ読者登録をお願いいたします。ペコリ。
 
こちらの記事も、ブックマークして頂ければ、とっても嬉しいです❤︎
 
 
 
 
ではでは、嬉しい気持ちで胸を膨らませながら、今日も始めて行きます〜♪
 
tomoブログ【ともに きなりに】では、リオパラリンピック開幕から閉幕まで、少しでも多くの方にパラリンピック情報を届けていきたいと思います。パラリンピック情報を共有することで、遠く日本から応援していきます!
 
 
リオ パラリンピックの開幕は、9月8日(木)です。
 
開幕まで、あと14日!! ちょうど2週間後です!!
 
 
まとめ記事で予告していた通り、本日も「そもそも、パラリンピックとは?」について書いていきます。下記の三本立てになっています。
 
 2) パラリンピック黒歴史 ←今日はここ
 3) パラリンピックのいま
 
では早速、本日の「パラリンピック黒歴史」について、はじまりはじまり〜♪
 

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昨日の記事では、パラリンピックがどんな発祥で、どういう歴史をたどって現在の形になったのかについてお話ししました。
 
そこに来て、本日のテーマ。「パラリンピック黒歴史」です。
 
黒歴史とは、なんともおどろおどろしいですが。
国際的で高い競技性を誇る世界最高峰のスポーツ大会に発展を遂げたパラリンピックですが、その一方で、出場できる障害者に制限があることも忘れてはなりません。
 
特に、聴覚障害者と知的障害者の問題については障害者スポーツを応援したいという気持ちをお持ちの方には、知っておいて欲しいと tomo は考えています。
 
 
聴覚障害者は、現在パラリンピックに出場ができません。
 
聴覚に障害を持つ方々の団体である、全日本ろうあ連盟 スポーツ委員会 デフリンピック啓蒙サイトによると、

国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee)が1989年に発足した当時は、国際ろう者スポーツ委員会も加盟していましたが、デフリンピックの独創性を追求するために、1995年に組織を離れました。そのために、パラリンピックにろう者が参加できない状況が続いています。

 とのことです。

デフリンピックの独創性とは、コミュニケーション全てが国際手話によって行われ、競技はスタートの音や審判の声による合図を視覚的に工夫する以外、オリンピックと同じルールで運営される点にあります。また、パラリンピックリハビリテーション重視の考えで始まったのに対し、デフリンピックはろう者仲間での記録重視の考えで始まっています。しかし、現在は両方とも障害の存在を認めた上で競技における「卓越性」を追求する考えに転換しています。

 とも、書かれています。

 
パラリンピックの原点となったのが1948年のロンドン ストーク・マンデビル大会と昨日の記事で書きました。しかし実は、歴史上最も古い国際的な障害者のスポーツ大会は、さらに時代を遡った1924年にパリで開催された、第1回国際ろう者スポーツ競技大会(現デフリンピック)と言われています。ストーク・マンデビル大会が、ロンドン郊外の病院での大会から、オランダの参加を得て国際大会となるのは1952年のことです。つまりストーク・マンデビル国際大会より、実に28年も前に、聴覚障害者の国際スポーツ大会が行われていたことになります。
 
おそらく本当に一筋縄ではいかない様々な理由で、現在のようなパラリンピックデフリンピックが並び立つ状況になっていることと推測します。
 
でも、もしも。
可能ならばパラリンピックデフリンピックが一緒になって、より大きな障害者のための国際大会になればいいのに…と、素人ながら tomo は思ってしまいます…
 
大会の起源や目的が異なったところから始まっていたとしても、今現在は

両方とも障害の存在を認めた上で競技における「卓越性」を追求する考えに転換しています。 引用元:全日本ろうあ連盟 スポーツ委員会 デフリンピック啓蒙サイト

であるならば、なおさら…

 

ふたつがひとつになることで、きっと乗り越えなければいけない壁もいろいろと出てくるのでしょう。けれど、それと同様に一緒になるからこそのメリットもあると思います。

 
開催の予算や運営面でのメリット。
スポンサー獲得やパブリシティ・プロモーションのメリット。
そして何よりも、幅広い多様性に満ちた大会になることで、選手・関係者・ボランティア・観戦者など様々な対象にとって、より味わい深い大会になるだろうに…と、思ってしまうのですが。
 
とはいえ、パラリンピック側にも、デフリンピック側にも、いろいろな譲れない考えがあるのかもしれませんね。
 
このあたりの事情、お詳しい方いらっしゃいませんか?
もしいらっしゃれば、ぜひ教えて欲しいです。どうぞよろしくお願いします。
 
 
また、知的障害者についても、黒歴史と言える出来事がありました。
 
それは、2000年シドニーオリンピックでの出来事です。
…いや、これはもはや、事件といった方がいいかもしれません。
 
Wikipediaの関連項目を見ると
 

本大会でスペインが知的障害者バスケットボールチームに健常者選手を潜り込ませて金メダルを獲得していたことが露見した。知的障害者クラスのチーム12人中10人が健常者であったとの内部告発で発覚した。その結果、スペイン障害者スポーツ連盟の会長が辞任、メダルは剥奪となったのは当然であるが、さらには、国際知的障害者スポーツ連盟(INAS-FID)もIPCから資格を剥奪されてしまった。1998年長野冬季パラリンピックにおいて初めて知的障害者ノルディックスキー距離競技のみに参加を認められ、その後の知的障害者が参加できる競技種目の拡大が期待されていたのだが、この事件のために全ての知的障害者が再び障害者スポーツの祭典から排除されてしまい夢を断たれることとなった。  引用元:Wikipedia/シドニーパラリンピック

 

なんと、脊髄損傷した車椅子利用者から始まったパラリンピックが、せっかく参加対象を拡大し盛り上がりを見せていたというのに、そこに冷や水どころか、氷水を浴びせるような、非常に悲しい事件が起こったのです。

 
この障害者偽装事件により、ことはスペインのバスケットボールチームの金メダル剥奪では終わりませんでした。なんとこの事件をきっかけに、すべての知的障害者がスポーツの祭典であるパラリンピックから排除・追放される結果になってしまったのです。
 
その後、結果として2012年に実施されるロンドン大会まで、計3回、12年もの長きに渡って、知的障害者パラリンピックに参加する道が閉ざされました。
 
計3回。12年って、本当に長いですよね。
 
その12年の中に選手生命の黄金期が入っていた選手にとっては、やる方ない思いであったことは想像に難くありません。
 
そんな知的障害者にとっての苦節12年を乗り越えて、2012年に開催されたロンドンパラリンピックでは3大会ぶりに陸上競技、水泳、卓球の3種目の復活が認められ、

水泳において我が国初となる知的障害者パラリンピック金メダリストである田中康大を生んだ。 引用元:Wikipedia/日本知的障害者スポーツ連盟 

 
ロンドンパラリンピックでは、12年ぶりに知的障害者が出場を許され、20競技503種目に対して、初参加の北朝鮮などを含む史上最多の164の国と地域から約4,280人の選手が参加しました。
 
ロンドンパラリンピックは、パラリンピック史上においても非常に重要な節目になった大会と言われています。それは、知的障害者の参加が12年ぶりに認められたことだけではなく、様々な取り組みがなされ、成功を収めたことが理由です。
 
次回は、3) パラリンピックのいま と題して記事を書いていきます。
 
リオ大会を目前に控えたいま、ロンドンパラリンピックでどんな取り組みが行われ、今後のパラリンピックに繋げたいどんな成功があったのか…
 
お話しする内容は、とある方から tomo の耳で直接聞いた貴重なお話です。
その方とは、パラリンピックロンドン大会の責任者である統合ディレクターとして、ロンドンパラリンピックを成功に導いた立役者、クリス・ホームズ卿です。
 
東京に来日した際に、直にお話を伺う光栄に浴しました。
 
 
tomo は、スポーツを通じて障害者の頑張りを広く知ってもらうことには、意義があると考えています。
 
より多様性に満ちた幅広い障害者が、同じ大会でそれぞれの障害を乗り越えてそれぞれのベストを尽くす。そしてそれを障害者だけでなく、障害のない人も含めてみんなで応援していく。
 
そんな世の中になればいいなぁと思っています。
 
ご縁があってこのブログに辿り着いて頂けた方は、ぜひ、障害を持った Super humans が大活躍をするパラリンピックにもアンテナを張って頂けたら、これ以上の喜びはありません!
 
リオ2016パラリンピックについては、記事をあげ次第、順次こちらにリンクを貼っていきます。↓↓
 
 
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「突然大病を患ったら…」シリーズの記事(傷病手当金・高額療養費・雇用保険(失業保険)・障害者手帳障害年金など)について読まれる方は、こちらのリンク↓↓をご覧下さい。
 
 
 
それでは、今日はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました!
またブログでお会いできることを楽しみにしています♪
 
tomo
 
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